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2023年6月16日

仙台からルーヴェンへ:神経生理学、臨床医学、文化交流

私はベルギーのルーヴェン・カトリック大学 (Katholieke Universiteit Leuven: KU Leuven)に留学し、神経生理学を専門とするPeter Janssen教授のもとで研究を行ってきました。Neuro Global国際共同大学院プログラム(NGP)のご支援によるこの3か月間の活動について報告します。

KU Leuvenは1425年からの長い伝統を持つ大学で、ベルギー国内最大であるだけでなく、欧州全体から見ても歴史と存在感ある大学です。その大学病院 (Universitair Ziekenhuis Leuven: UZ Leuven)は1080年に設立されたキリスト教系の病院に起源を持ち、現在では約2000床の病床と約9000人のスタッフを擁しています。日本国内有数の規模を持つ東北大学病院と比べても、病床数で約2倍、スタッフ数で約3倍の規模です。これほど大きな大学と病院がありますが、ルーヴェン自体は大都市というわけではなく、徒歩30分程度の中心地に近代以前の面影を残す町並みが広がっている落ち着いた街です。一流の大学に落ち着いた街という組み合わせは、私にとって学問に打ち込むのに理想的な環境とも思えました。学生が多いこともあり、手頃で美味しい飲食店や落ち着いて過ごせるカフェがあちこちにあるのもまた嬉しいことでした。

ルーヴェンで私が取り組んでいたのは、特殊な電極で記録されたてんかん発作の時系列データの解析です。正直なところ、最初の一か月は全くと言っていいほど進捗が見えず、研究的については苦しい日々でした。今まで扱ったことのないデータについて、その考え方を先行文献から学びつつ、解析のためのMATLABの扱いも覚えていく必要がありました。困った時に相談できる院生が隣のデスクにいたことで、何とか軌道に乗るまで耐え忍ぶことが出来たと思っています。KU Leuvenでの生活は同室の院生たちが親切に助けてくれたためスムーズに馴染むことが出来ましたが、日常生活に関しても初めの一か月は知らないことだらけでした。それでも、(研究の志向と関係あるのかは分かりませんが、)私自身はこうした「知らないもの」に囲まれた生活が苦ではありませんでした。むしろ、日々出会う「知らないもの」に対する喜びと興奮が生活を満たしていたように思います。

手にしたデータへの理解が深まっていくにつれ、神経生理学的な現象への理解が深まっていきました。先行報告で言及されていない振る舞いをいくつか発見するなど、研究の進展を実感できるタイミングが増えてきました。いくつか結果が出る度に、それについてJanssen教授や他の院生と話し合い、さらに次の発展的解析へと繋げていくというサイクルが日々の大きな楽しみになっていきました。ディスカッションで提案を受けた結果をいち早く可視化してみたくて、時には深夜までプログラムを書いていたこともあります。

留学によって得られるものの一つとして、このような「孤立した(ただし学問的には孤立していない)環境で一つのテーマに集中する時間」は大きな要素だと考えています。私が臨床に身をおいて経験してきた神経疾患の臨床診療も価値ある知識の源泉ですが、それでも「いつなんどきPHSが鳴るか分からない」という生活状況は、数学やプログラミングといった「腰を据えて体系的に学ぶ」必要がある知識体系とはあまり相性が良くないものです。また、若手研究者をめぐる世界の学問環境に関して、ランチの会話などでKU Leuvenの他の院生とも時々情報交換をする機会がありました。KU Leuvenは国際交流に力を入れている大学だけあり、様々な出身地の院生がいます。こうした他国の若手研究者たちのバックグラウンドの多様性を直接感じられたことも一つの収穫です。

研究プロジェクトに関する指導とは別に、臨床についても見聞を広める機会が頂けました。Janssen教授の共同研究者でもある脳神経外科のTheys教授の指導の下で、UZ Leuvenでの脳外科手術の現場を見学することが出来ました。術式としては日本で実施されているものと大筋で共通しているように思えましたが、いくつかの機材や課題に関しては日本と違いがありました。他に国柄を反映した点として、患者背景の多様さは印象に残りました。ベルギーはオランダ語(フラマン語)とフランス語という言語系統の異なる二言語が使われる国であり、さらに周辺国からの人口移動も日本よりフレキシブルなので、言語的にも人種的にも多種多様な人々が入り混じっております。患者の母語によっては、その言語に堪能なスタッフが積極的に間に入る場面がありました。こうした違いに加えて、欧州は患者当たりの医療スタッフ数が多いということもあり、日本よりも分業が進んでいる印象を受けました。留学の中心的な目的はあくまで研究でありましたが、このように日本と欧州の医療システムや医療者の働き方についても洞察を得る機会ともなりました。

今回の留学は、COVID-19のパンデミックにより直前まで予定の調整も難しく、3か月の慌ただしい研修となりました。しかし、学術研究・臨床医学・国際交流といういずれの点でも充実した研修であったことは間違いありません。急なお願いにも関わらず今回の留学の申し出を受け入れて下さったJanssen教授、KU Leuvenで幾度も私を助けてくれたCelia、Elina、Jesus、そして例外尽くめにもかかわらず柔軟なご対応で留学をサポートして下さったNGP事務局に感謝を申し上げます。そして、いつも美味しい肉とビールを出してくれたWiseguys BBQとCafé Leffe、夜遅くにもコーヒーとチョコレートワッフルを出してくれたQuetzal Chocolate Barにも感謝を。

2023年5月27日
東北大学大学院医学系研究科 高次機能障害学分野
柿沼 一雄