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2024年5月27日

NGP修了生からのメッセージ NGP 第六期生(2024年3月修了)

医学系研究科
柿沼 一雄

東北大学医学部の入試面接で、私は「この大学でヒトの脳を研究したいです」と語りました。
それから10年以上経ち、私は当初の目標を叶え、さらにその先へと踏み出そうとしています。
私にとって、Neuro Global Program (NGP)は願ってもない多くのチャンスを与えてくれました。私がこの博士課程の中で得たものを、自分なりに振り返ってみたいと思います。

私は医学部卒業と共に医師免許を取得した後、初期研修医として市中病院で2年、さらに東北大学病院の医師として(今でいう専攻医のポジションで)3年勤務し、2020年4月より博士課程に進学しました。
大学病院では私は「高次脳機能障害科」という診療科名に属していましたが、進学した「医学系研究科・高次機能障害学分野」(鈴木研究室)は実質この診療科と同一の組織となっています[1]。進学するタイミングを決めたのは、後述する自身の研究テーマがおおよそ自分の中で固まったためです。
医師の大学院課程はやや変則的で、修士課程が無い代わりに博士課程が4年間、というのが通例です。このため、私は大学院に入学した初年度にNGPへ出願し、2年目から正式にNGP生としてプログラムに入ることになりました。NGPを知ったきっかけは当教室の鈴木教授からNGPを紹介して頂いたことですが、パンフレット[2]を読んでカリキュラムに魅力を感じたというのが最大の理由です。

私の研究テーマは「超選択的Wadaテスト」というユニークな脳機能評価法を標準的検査として確立することでした。より大きな目標としては、さらに多種多様な検査を併用した上で「てんかん患者の効果的な脳機能評価」を実現することを目指していました。
超選択的Wadaテストとは、一言でいうと、「脳のごく一部の領域に麻酔薬を投与することで、その脳領域が切除や損傷された場合に起きうる認知機能障害をシミュレートする」というものです。東北大学病院では2019年からてんかんや脳腫瘍の患者を対象にこの検査を実施しています。この検査は東北大学で確立されたもので、本学はこの検査を効果的に臨床評価に取り入れているほぼ唯一の施設と言っていいと思います。検査にあたっては、脳神経外科・てんかん科・高次脳機能障害科、そして放射線部・生理検査部も含めた協力体制が敷かれており、まさに学際的・集学的な臨床実践の一つとなっています。
私の博士課程における目標は、この「超選択的Wadaテスト」の有用性を臨床医学の世界に示すとともに、この検査から得られた興味深い知見を学問の世界に提示することでした。それによって「脳外科手術を受けるてんかん患者の脳機能評価」を何らかの形で今より前進させることを志していたのです。

私がNGPのカリキュラムに魅力を感じたポイントは大きく3つ。それは①学際的な講義・交流、②世界へ進出するための訓練カリキュラム、③海外留学です。修了してみてから振り返っても、やはりこの3点はNGPの優れた点であったと感じるので、おおよそ期待通りの経験が積めたということになると思います。以下、これについて簡単に紹介します。

①学際的な講義・交流

NGPのプログラム生は生命科学研究科・医学系研究科から集まりますが、その専門領域は多岐に渡ります。分子や細胞を対象とした研究から、遺伝子や動物実験、そして私のようなヒト対象の臨床研究など、「脳」という一点の重なりを持ちながら多彩な研究者が集まることになります。分子や遺伝子といったトピックでは他の大学院生から多くのことを学ぶ一方で、神経疾患の実際については私の経験から提供できる知識もありました。
医学科や大学病院という人間関係の中では、どうしても疾患関連の研究を行う研究者としか知り合う機会がありませんから、NGPに参加しなければこれほど動物実験や基礎研究の知識に接する機会は無かったのではないかと思います。
さらに、こうした交流を通して「少し離れた分野の人に自分の研究を紹介する」「少し離れた分野の人に研究について質問する」といった経験が増えたこともありがたかったです。「少し離れた隣人」と繋がる能力は、今後の研究生活に漕ぎ出していくに当たって不可欠の資質であると感じています。「自分の研究の立ち位置を俯瞰する視点」は、今でも学会発表や研究計画の機会がある度に活かされています。

②世界へ進出するための訓練カリキュラム

NGPには留学生も多く、英語が「共通言語」となっています。 このため、先に述べたような研究自己紹介を含め、NGPでは「自分の研究を英語で発表する」「英語で質疑応答を行う」機会が豊富に提供されています。
正直に言うと、私自身は英語でのコミュニケーションやプレゼンテーションのスキルにはコンプレックスがありました。小・中・高校をずっと地元の公立校で過ごしてきて、英語を習ったのも中学生になってからでしたから。豊かな幼少時教育を受けてきた学生や海外仕込みのスキルを持つ帰国子女が溢れる難関大学に入学して、自分がスタートの時からいかにビハインドを負っているかを痛感していたのです。しかしだからこそ一層、「世界に向かっていくために国内で掴めるチャンス」には積極的であるよう心がけてきました。
英語で実施されるプログラムが多いことは、人によっては敬遠したくなる要素の一つかもしれませんが、私はむしろ「国内で思い切り失敗する機会」が得られたことをありがたいと感じました。こうした経験があったことで、後から国際学会や英語論文に投稿する際にも「何とかなるだろう」と強気に出ていくことができたと思います。平々凡々な経歴しか持たない私が、「行ってみれば何とかなるだろう」と楽観的な気持ちで海外留学に臨めたのも、こうした機会に何度も晒されたおかげだと思います。
加えて、集中講義のAcademic Englishコースは、英語論文の基礎を身につけられる非常に貴重な経験でした。日本では、これほど根本的なところから体系的に教えてくれる英語論文執筆の教育は(残念なことに)ほとんど無いと思います。英文原稿を書いては指導医に真っ赤になるまで添削されていた私が「それなりの形の論文」を書けるようになったのは、この集中講義によるところが大きいと思います。

③海外留学

私が博士課程に進学した2020年度から、COVIDのパンデミックのために多くの国際交流イベントや留学が中止・延期となっていましたが、流行が落ち着いた2023年に私は留学の機会を得ました[3]。3ヶ月間という短期間の滞在となりましたが、前年までは多くの学生が留学自体を諦めることになったことを考えれば、幸運な方だったと言えます。
受け入れて下さったのはKU Leuven(ベルギー)のPeter Janssen教授の教室です[4]。KU Leuvenは日本でこそそれほど知名度はありませんが、例年ロイターの「Most Innovative University」ではヨーロッパ1位に位置付けられてきた大学です[5]。趣深い欧州の古都Leuvenの中にありながら、国際色豊かな学生が行き交うキャンパスは、文化と言語が大好きな私にとってそれだけでも最高の環境でした。KU Leuvenは1425年設立と非常に長い歴史を持ちますが、なんと附属の大学病院は更に起源が古く、1080年設立と言われています[6]。東北大学病院も日本国内ではトップレベルの規模を持つ大学病院ですが、KU Leuvenの附属病院はさらにその2~3倍の規模を持つ病院で、基礎から臨床まで多数の医学研究者を擁しています。Janssen教授の研究室では、通常用いられている頭蓋内脳波と併用して、神経細胞一つ一つの発火パターンを計測する特殊な電極を用いて、てんかん患者の脳活動を解析していました。最初は未知のデータ解析に四苦八苦していましたが、徐々に解析とデータに馴染み、神経活動についての理解が深まったことは非常に良い経験でした。 研究以外にも、この留学では臨床医学や異文化交流といった面でたくさんの経験を積むことができました。これについては別のレポートでじっくりと書かせて頂きました。
3か月間という短い期間でしたが、神経生理学の専門的な知識・技能を深められただけでなく、言語や文化背景の異なる人たちと臆せず学術的な議論ができるようになったことも大きな収穫でした。

こうして充実した4年間を過ごした後、私は2024年3月に博士号とNGPの修了認定を頂けました。査読誌に掲載された2報の論文[7, 8]を元に、超選択的Wadaテストの有効性を示す博士論文を提出しました。先週研究助成応募のために発表成果を数えてみたところによると、博士課程在学中に筆頭論文5件(共著9件)、学会発表は英語3件・日本語6件(ほか共同演者として19件)を発表してきたようです。これらはもちろん私の能力による成果ではなく、東北大学の高次機能障害学教室あるいはてんかん外科チームとしての成果であり、私自身はお世話になりっぱなしです。
私の博士課程在学期間は、いわゆるコロナ禍と完全に重なる時期でしたが、それでもこの在学期間中にやり切れることをやり切り、充実した大学院生活を送ることができたと思います。少なくともこの4年間、私が脳研究について考えない日は一日として無かったと言えます。
研究を指導して下さり学位審査に際しても尽力して下さった高次脳機能障害学の鈴木匡子教授、共同研究者として日頃よりご指導ご鞭撻を下さる高次機能障害学分野・神経外科学分野・てんかん学分野の先生方、そして実りある研修プログラムと留学を支えて下さったNGPの支援と活動に感謝致します。そして、ワークショップや研究発表で交流して下さった多くのNGP生の皆さんにも、多大な感謝と共に今後の活躍をお祈り致します。

私事ですが、2024年4月より東北大学の助教に着任し、今後も高次機能障害学分野で認知機能の臨床研究に引き続き携わっていくことになりました。博士論文は何とか受理して頂きましたが、超選択的Wadaテストも、てんかん患者の脳機能評価の確立も、まだまだこれからと思っています。これまで培ってきた知識と技能をフル活用して、今後も日本から世界へと研究成果を出していきたいです。
それから、今後の進路に迷っている後輩や、脳研究に興味のある学生がいましたら、可能な範囲でお力になりたいと思います。何か話が聞きたいといった方は、お気軽に教室の方までご連絡下さい[1]。答えの無い道を進む時には、「色々な人の話を聞く」ことが、結局は一番見通しを良くしてくれるものです。

References